昭和四十六年六月九日 朝の御理解
X御 神 訓 一、神は声もなし形も見えず疑わば限りなし恐るべし疑いを去れよ。
確かに神様は声もないし形も見えないのですから、疑うて掛かれば切りがない、けれども、信じて神様へ向かわせて頂けばそこからおかげが受けられる。そこで先ず信心の稽古というのは、神様が信じられる様になる稽古、成る程神様じゃなと信じられる稽古をさせて貰うことが先決だと私は思います。この神様は確かに天地の親神様と申し上げるように、母性的な働き、または父性、父親ですね、父親の働きそういう両面を持っておられる。まあ母性愛の意味に於いては、氏子がおかげを受けて呉なければ、とこのおかげを受けると言うことを待っとられる。次には氏子が信心を分かってくれねばと、言う厳しい面がある。ただ願っておかげを頂くと言う面と、分からなければ分かることを喜んで下さると言う面ですね。氏子がおかげを受けると言うことを喜んで下さる面と同時に、信心が分かると言うことを喜んで下さる。確かにそういう両面があるのですから、片一方だけではいけない。
先日から北海道の……福岡の出社ですね、丁度それが愛子達と同期で、福岡の教会が親教会ですから、こちらの方へ帰って来とられます。仲々学院切っての切れ手である。まあ年も、もう三十からなられる。大学を出てそして学院に入られたという。丁度丸一日おられましたが、もう私のところへ、もうここ下りましても側から離れられんと言う風にしていろいろの質問を、しかも学院で勉強して教学的にまあ非常に教学の優れた方らしくて、教学の私どもが聞いとっても分からん様な、御神意を頂いて返事をせなければならない様な、難しい事を質問されて、まあ大変収穫がありましておかげを頂いたと言うて帰られましたが、その方が言っていますのに、どんなに素晴らしく教学を極めさして頂いても、おかげの伴わない宗教は、もう宗教の値打ちはないと私は思いますと、言うことを言っておりますですね。いかに学問的に宗教が分かっても、信心がどんなものだか分かっても、おかげが伴わなければもう宗教の値打ちはない。そういう意味で合楽でおかげを受けておる、そのおかげの元になるものは何処にあるかと、分かりたいと言う訳なんです。
それは実にするどい切り込みと申しますかね、それはどういう訳ですか、それは何故ですかともう、次から次の質問が実に要領を得ん、いわゆる屁理屈でなくてですね、本当の理を求めての、そういう態度に私も打たれました。がそこでまあ教学の方はその位にして、本当に一つおかげの受けられる為に、これから神徳修行とでも言うか、霊徳修行とでも言うか、そういう修行を、に入らなければいけませんよと申しました事ですがね。
この方のお母さんが、初めて福岡教会に御縁を頂かれたのは、ある難儀な、親子の難儀な人間関係の問題、本当の親子である、お母さんとその娘さん、それは福岡の吉木先生から、もうよくその話を聞いとりましたが、もうお母さんという人も、それからお婆さんという人も、もう大変な、いうならば見ただけで意地が悪そうな人だと福岡の吉木先生は話しておられました。その代わり根性がしっかりしてる、もう半年も福岡教会にお参りしてお話を聞かれた或る日です、その子供さん、その子供さんと言うのがこの学院に入っとる三十才になる、その子供さんが二つか三つになる迄、生まれながらにして目がみえない。そういう難儀な問題があって一心に福岡の教会に参られた。
それが或る時に、福岡の吉木先生その方を取次された時にね、御神前にて御祈念をしとられたら、子供の病気は親の病気だと頂かれた。そのことを乙犬と言うのですが、その乙犬という方に話をされましたら非常に感動して帰られた。帰って今まで……本当の親ですけれども、自分の娘の時分から物ども言うた事はなかった、乙犬先生だったらしいですけれどね。その事を聞かせて頂いて、改めて母親に何十年という間、いわば何十年ですね、たとえば当時その娘さんが二十五か三十でありなさったでしょうかね、その何十年の間、親に一ぺんでも親の喜ぶように素直にハイと言うた事がなかった。たてついてばっかり来た事を何十年分のお詫びをされたと言う事ですね。お母さんの前でそれこそ涙ながらにお詫びをされたら、お母さんも又涙を流して、あなたばかりが悪かっじゃなかった、私も悪かったと二人が手を取り合ってお詫びし合った時に、丁度子供さんが新聞を敷いて目が見えないものですからね、こうやって遊びをしよった玩具で、そしたらね新聞の上に音がする様に涙がぱらぱらぱらとこぼれて、お母ちゃん目が開いたと言うのが一緒だったそうです。いかにその親子の間がです、成る程親は親の意地をはり、子は子の意地をはり何十年の間、親に喜んで貰う、親孝行などと考えた事もなかった。そのお母さんと言うのも昔、取り上げ婆さんをなさって産婆ですね今の、随分やはりめぐりを作った人だったと言うふうに吉木先生から話を聞いとりました。
非常に元気者で、いわゆる意地が悪くてそれこそ娘は娘の言い分、母親は母親の言い方で仲の悪い、その仲の悪いそれがです、何十年振りに言わば仲直りが出来た、成る程子供の病気は親の病気であった。親の病気が癒えた時、母親の病気が癒えた時に言わば母親とそのお母さんとがお詫びを仕合うた時、涙をながして本当に何十年という間、お母さん済みませんでしたと詫びた時、お母さんも又あんたばかりが悪いのではなかった、私も悪かったと詫び合うて手を握り合った時に、そのお婆ちゃんから言うなら孫、母親から言うなら可愛い子供の目が開いた。母ちゃん目が開いたと言うて、その新聞の上に音がする様に涙がこぼれた時には、もう目が見えておったというその方なんです。だからそういう奇跡的なおかげを頂いておられる先生ですから、やはりおかげが伴わなかったら。……
乙犬先生のお母さんも非常に頭の良かったそうです、当時吉木先生が言っておられましたが、その乙犬先生と自分が手紙のやりとりしたのを一つお書物にしたいと言う位に素晴らしい文章も書かれる先生だったらしいです。私は何か福岡の祈念祭の時に一ぺんお目にかかつた事がありますが、成る程先生が言われた通り元気者面を引っ下げてござると言う感じの先生でしたね。けどやはり女の身ながらです、北海道の全然信者も居ないような荒れ地布教に出られてから、御ヒレイを頂いて人が助かっておると言う教会、御神恩の有り難さに感泣してそして、それからお道の教師を志されて、しかも福岡から北海道へ布教に出られたと言う様な、変わったケースを辿った先生、その息子さんがこの頃から此処へ来ておったわけです。
ですから成る程わかる事と同時に、本当に分かる事に依って神様が喜んで下さる面と、おかげと受けて下さる、それは分からなくとも牛馬の事に至るまで、どの様な事でも一生懸命本気で願って、本気で縋って、おかげを頂かせてもらうと言うこと。そのおかげを受ける事に依って神様は喜んで下さる、けどそれは神様の喜びも、言わば母親だけの喜び、それと同時に信心が分からせて頂く、おかげを頂くと同時に信心を頂いてのおかげじゃなくちゃいかん。
これは椛目時代でしたが、熊本県と鹿児島県との間の何と言うとこだかですね、そこから導かれて一週間あけずに参って来た方がありますね。この方は本人自身が目が悪くてー御夫婦で参って見えました。何回目かお参りだったでしょうか、それこそ一日がかりで参って来る訳ですかね、椛目で御承知の様に廊下のここんにきが障子でございましてね、御祈念をさして貰い御理解頂いて下がられたら、それこそ涙こそ音のする* の涙とは、私は感じなかったですけども、泣きながらここに出て来られて、先生この障子の「さん」が見える様になったと言うておかげ頂かれました。それから段々おかげ頂いて、一人でもうお参りが出来る様になられました。もう十年位前の話です。それが何かの機会からかおかげを受けて、それっきり参ってきませんけれど、成る程見えぬ目が見える様になったと言うことは、本人の喜びよりも神様が喜ばれる、けれどもこれは半分の喜びです。本当に信心が分からせて貰い、頂いてそこからの信心生活に入ると言うことがです、私は本当の意味に於いての神様の喜びであると言うことです。そこで私どもがね、おかげを分かる事と同時にです、信心を本気で分からせて貰う、信心を分からせて貰う稽古をせねばいけません。
昨日は一日、いま修業生の方達が毎日交替で神前奉仕を致しとります、昼、夜の御祈念、それから夜の教話まで受け持つ訳です。昨日は光昭が担当でございましたから、おかげを頂きました。昨夜の御理解の後にお話をさせて頂いとりましたが、今日は当番だと思うたら、心を神様に向けなければ居られないとこう言う訳なんです。それが最後に御祈念が済んだ後にお話をせねばならん、本を読んでこげな事を覚えたと言う話ならともかく、信心の話ばかりはどんなに話が上手であっても、信心の話だけは信心を内容として頂かなければ、おかげを頂かなければお話は出来ません。ですからとにかく、神様に取り組まなければ、いわば教えに本気で取り組まなければならない。そこから感じさせて頂くものはです、神様に取り組んでおると言うか、教えに取り組んでおると言うか、そこから何か分からんけれども有り難い心の状態が生まれて来たり、又そこから何かおかげが頂けれると言う、ですからね、神は声もない形も、神様の言うて下さること、教えて下さる事、真心を以てそれを行ずる、本気で取り組む、そこからです成る程形の上では頂かなくても、心の上にです安定感と言うか、喜びと言うか、そういうおかげが受けられる。
それが日々繰り返されている間にです、一分一厘間違いのない働きがひしひし刻々です、神様じゃなあ、神様ちゃ有り難いなあと、思わにやおられない働きがです、確かに始まるです。それを頂いた上にも頂いて行くところから、神様の絶対、いわゆる絶対性、天地金乃神の働きの絶対なものを頂く事が出来る。そういうおかげをです、私は父親の神様が喜んで下さる、それこそ何にも分からない子供が母親の膝に這い上がって行ってお乳をねだる様な、神様に縋っておかげを受けると言う、おかげを神様も喜んで下さる。教学者におかげなんかと低級視する、それこそ親はどんなに苦しいか分からん、たとえば母親が飲ませたいと思う乳が張って痛いごとなる、それを這い上がって来ようともしない、おかげを下さいとも言わんならば母親はこんなに苦しい事はないと思う。無駄になるけども、しぼり出さにゃ仕様のないですから、願うという事も一生懸命願わにゃならん、縋らにゃいかん、縋っておかげを受けなければいけない。と同時に本気で教えも頂き取り組ませて頂かなければならん。
頂いただけじゃ、覚えただけじゃ何にもならん。どんなに素晴らしい教学的な詳しい事が分かっても、その日々の信心修行の上に本気で取り組まなければならん。今日は僕の当番だから取り組むのじゃなくて、今日も明日も明後日も取り組む事に依って、神様もいよいよ間違いのない神様であると言うところまで、頂き抜かなければいけない。そこに心の助かりがあり、喜びがある。同時にいわば形の上でのおかげが縋って願って頂いて行くと言うおかげ、この両面からの神様を分からして貰い、その両面のおかげを頂いて行くということ。只お取次頂いてお願いすると言う事だけじゃいけん。お取次ぎを願ったら、お取次ぎを頂いて帰らにゃ出来ん。お取次ぎを願ったら今度は神様の心をです、お取次ぎ願って行かにゃ出来ん。お取次ぎを願う、お取次ぎを頂くと言う事にならなければ、その神様の言わば成る程母親の愛情と同時に父親の愛情、きびしい迄の愛情と言うものを感じとらせて頂いて、まあ本当の事であろうとこう思います。
だから成る程神様は、声もなければ姿もないのですけれども、こっちがその気になって願えばおかげがある、それは信心は分からんなりにでもおかげは下さる。けれどもそれでは片一方の神様に、お母さんは喜んどるけどお父さんは喜ばんと言う感じ、だからお母さんにも喜んで貰いお父さんにも喜んで貰うと言う信心、それには本気で信心を頂いて、分からせて頂いて、それが日常生活の上に表されると言う信心、自分が悪か事は分かっとるけども仲々親の前に手をついてお詫びが出来ない、そこに何時までたっても難儀が続き、そこには生まれてきた子供は盲目と言ったような結果が生まれて来た。けども自分の意地も外聞も捨て切って、子供が親の前に手をついて何十年のお詫びをした時にです、親もあんただけじゃない私も悪かったと詫び合うた時にです、そういう奇跡が起こっておる。信心にはねそういう面がどうでも必要なんです。
本気で改まって本気で行ずる事と、表して行くというかね、信心態度で表して行くと言うこと、そこに初めて神様は成る程声もない姿も見当たりませんけど、その何にも見えない神様の偉大な御心と言うか、またお働きというものを確信して私どもは日々安心の生活を送っていけれる、それは神様を絶対に信ずると言うこと。からしか安心のおかげは湧いて参りません。 どうぞ。